幼なじみの有難さ

幼なじみの有難さ
当社ならびにケアワーク九州の株主総会も終了しました。
何よりも頑張ってくれている職員の皆さんには本当に感謝です。

ブログのほうは更新にまた間が空いてしまいました。
別にサボっていたつもりではないのですが・・

さてさて、最近、ネット上で「友達がゼロなのは人としてダメなのか」という内容の記事を目にする機会がありました。

信頼できる同僚も、守るべき人もいる。ただし、仕事に子育て等中心の生活によって同窓会や会社の人間との交友も減り、気が付けば「友達」と呼べる相手は極めて少ないか、ゼロになっているようなケースを前提として、そのうえで、友達がいないことには問題はないということでした。

逆に、誰かと絶えずくっつくことで安心感を得て、そうでない人たちを排除しようとすることこそよほど問題だと。
1人の時間を過ごせる力は必要な能力で、孤独でいられる時間を持つことができることは今からの時代、ますます大切だとも。

う~ん、有難いですね。友達が少ない私としては。
1人で関心があることに向き合うほうが好きなんですよ。(もちろん、仕事は別ですが)
気の合う方々とのゴルフはすごく楽しめますが、それ以外の休日の使い方としては本を読むか、ゴルフの打ちっぱなしに行くか・・釣りに行くとしても基本は1人ですね。
気を遣わずに自分がやりたいようにできる、これ私にとっては大事なんです。


確かに周りを見ていると、周囲と同じことをしていなければ、同調しなければ安心できないと思われる言動も多いように見えてきます。日本人の特徴なんでしょうか?

常にLINEを気にしている若い方などを見ると本当にそう思いますし、気が休まる時間があるのだろうかと疑問を抱いてしまいます。自分には無理だなと・・
(お仕事で利用されている方には申し訳ありません)

こんな内容は最近注目されている「ひきこもり」なんかの問題にも通ずるんでしょうか。
私自身はひきこもりに対しては何も判断できません。
ただし、多くのマスコミから出されるような、重大な事件や事故を起こしてしまう原因の大半がひきこもりにあるような内容にはあまり頷けないでいます。

もし自分が公私ともに様々な場面で常に同調を強いられるようなプレッシャーを受けた場合、自宅から出ないことは無いにしても、おそらく1人で過ごす時間が圧倒的に増えていくことは間違いないだろうなと思ってしまいます。
もしかすると、世の中にはそのような方は多いのかもしれません。

私がずっと家に居たら、家族は相当に迷惑なんでしょうが。
でも、洗濯、掃除、料理・・結構家事はやれるんです。そうなったら頑張ります。


私にも救いがあるとすれば若干名の友達、幼なじみがいることでしょうか。

写真は、先週末の彼らとの屋外焼肉。佐賀県某所。
友達が少ない?私にとってはとても有難い存在の人たちです。
ここの家主との付き合いが一番長く、幼稚園から。

お互い歳をとったんでしょうね、毎回同じような話で盛り上がっています。
病気でどこそこが悪くなった、子供たちが立派になった等々。
まあ、それでも飽きずに毎回集まっている連中です。
遠慮や気兼ねがなく、なんとも居心地が良い。

飲み過ぎと日焼け。翌日は辛うございました。