診療・介護報酬の同時改定に向けて

「入院から在宅へ誘導」「診療・介護報酬6年ぶり同時改定」という見出しは
10月26日の日経新聞。

在宅へ誘導するけれども、訪問介護や通所介護は他の業態と比較して利益率が高いので報酬を抑制するともされています。

一方、翌27日には「介護事業、利益率が低下」2016年度の利益率は3.3%・・・との記事。
前回調査の2014年度の7.8%から大幅に縮小しているとも伝えられています。


病院から在宅に戻れる方々は、決して1日中医療行為を受ける必要がある方々ではなく、在宅は「生活の場」であると思います。
もちろん、入院中も生活ではあるのでしょうが、医療行為の厚みや環境は異なるかと。

流れを見ていると、より重度な状態の方でも出来る限り在宅という生活の場に戻っていただくというもので、それ自体には何ら異論はないところです。
医療が必要でも、早く在宅で過ごしたいという方が大半だと思います。

しかしながら、特に高齢の方々が退院される場合、在宅での医療的ケアのみならず、介護や生活のサポートが必要になってくるケースも増えていくことにつながっていきます。

「在宅での生活を支える」方向であるにもかかわらず、その多くの部分を担っている訪問介護サービスや通所介護サービスの報酬を、平均利益率のみを理由に、評価を更にマイナスにしていくことに対しては頭を捻ってしまいます。
これらの在宅サービスは「利益率が高い」とされているんですが、本当にそうなのか・・
そうであれば、もっと新規参入があっても然りですし、潰れる事業者や不正請求を犯すような事業者は出てこないのではないか。

事業者の規模や置かれている環境によっても利益率は違ってくると思うんです。
例えば、経費ひとつ見ても、都会の中心にある訪問介護事業所では移動に自転車が使えますが、地方に行けばそういう訳にもいかない。自動車を使わざるを得ないといったように。

普通に考えてもおかしいと思われるような過度な頻度でのサービスや、囲い込みといった事案を抑える、量的な上限を設ける、といったことは必要だと思いますが、最低限必要な在宅生活の支援に対する報酬自体を下げていくことがどのような影響をもたらすことになるのか。

おそらく、利益率の平均値等を根拠の中心に据え、報酬体系がマイナスに動いていくようであれば、在宅生活支援という役割を担っている多くの事業者が撤退や廃業を余儀なくされていくでしょう。
実際に倒産件数も過去最多で推移している。

ただでさえ介護サービスに携わってくれる人材が不足している中で、また地域包括ケアの推進と言われながら、多くの地域でその中心となって生活を支える(医療ではなく生活)事業者自体が減少していく事態になっていく。
会社がなくなるので、それを機に介護の仕事自体を辞める方も実際におられるのです。

介護職員に対しては処遇改善加算金が拠出されています。これは当然ながら一旦事業者に入ったお金が全額介護職員へ支払われるというものですが、それらの方々を雇用している事業者自体が減っていくことになる。これは貴重な人材をも逸していくことにつながるでしょう。

また、軽度な方々への生活支援サービスは、生活支援型総合事業として介護保険対象から除外され地方自治体の事業へ移行されています。
報酬価格を引き下げるとともに、介護に関する資格を持たない方々、ボランティアの方々にどんどん入ってきてもらおうということですが実際はどうなのか。

既存の多くの介護事業者は報酬金額が下がることで参入を躊躇している様子。
また、それを担ってほしい従事者の確保は十分だとは言えず、自治体間での取組みにも差があるといったことから、地域によってサービス提供に大きな差が出てくるであろうとも言われ、既に困っている自治体もあるとされています。

では、自分だったら個人としてこの生活支援型総合事業の担い手になれるのか。
当社が受託している、ある自治体の認定研修会には関心が高い方々が多数参加されます。
でも問題は、そのうちの何名が実際にサービスに入っていってもらえるのかということ。
知らない人の自宅を訪問し、何ら抵抗なくサービスを提供することができるという方々の掘り起こしや育成は決して容易ではありません。

人材が確保できなければどうなるのか。
何より、サービスを受ける側にとって、このサービス人材不足が明らかになってくることは大きな不安要素にしかならないでしょう。
当社にとっても、どうすればこの領域に対応していくことができるのか、引き続き大きなテーマです。

我々も不安ばかりを言っていても何も始まらない。
在宅サービスに携わる者としては自分たちがやるべきこと、できることは何かをしっかり考えて行動に移していく。これに尽きるでしょうか。

地域連携、地域包括ケアの推進を念頭に、今回の診療・介護報酬改定を見極めていきたいと思いますが、ひとつ認識しておかねばならないのは、在宅医療への報酬がより手厚くなるような改定は大事だと思うところですが、医師や看護師の皆さんは生活を支えに在宅に赴くのではないということ。
利用者からの様々相談には耳を傾けていただけるかもしれませんが、あくまでも医療的なケアを提供することが主な役割。
在宅患者さんの「生活」を把握し、直接的に支援してくれるものではないということです。
そんな背景も十分に認識して地域とかかわっていくことが我々介護事業者の役割。
社員一人一人がもっと意識して、もっと主体的に動いていくべきでしょう。

これからの会社や人の育成を考えながら

昨日、ある大手外食チェーンの会長の話を聞かせていただく機会がありました。

同氏は、そのチェーンでアルバイトからキャリアをスタートされ、40歳代前半で社長に就かれたというご経歴であることにも驚きました。
非常にバイタリティがあるとともに、面倒見が良い親分肌であるようにもお見受けしたところです。

内容は多岐にわたり、また何れもが我々が日々直面している問題に通じるもので、これから前に進んでいくにあたって大きな勇気をもらえたと思っています。

まず、この会長が先代から受け継いだこととして、「なくてはならないものだけを追っていく」「劣後要素は捨てる」ということを語られています。

あっても無くてもどちらでも良い物は捨てる、「優先」と「集中」、これを常に考えていなければならないということ。
私も常々頭の中にはあることですが、その実践を改めて聞くことはインパクトが大きい。

「なくてはならないもの」と言っても、主力商品、注力すべきサービスは何なのか、或いは社内でのバリューチェーンに手を入れる必要はないのかといったことを思い浮かべながら聞いていました。
これまでの慣習が、実は無駄な仕事の温床になっていたり、何気なく続けているサービスが会社の成長を妨げるものになっていたり・・・
何を優先し、資源を集中させていくのか、もう一度頭の整理が必要なようです。

また、この会社は一度倒産しているのですが、その状態から再建をしていくにあたり社員に言い続けてきたことが「誰のための、何のための仕事なのか」ということ。
決してお客様を裏切らないという事を信念に社員にも伝え続けてきたことで、再建は思った以上のスピードで進んでいったということでした。
そこで会長が一番嫌だと思っておられたのが「存在感がなくなること=あっても無くても良いものになってしまうこと」。ブランドが傷ついてしまうことを決してやってはいけないということを強調されていました。

更には、世代交代についても熱心に取り組んでおられる。
多くの社員を対象に幹部候補を育成していくことを進められる中で、最終的に絞り込まれていく社員というのは「人」すなわち「お客様」や「社員」を大事にしているかという視点で見極められるべきというものでした。

利己的な発想や言動、自分さえ良ければということでは人の上に立つことはできないという解釈で良いのではないかと思います。

また、経営とは改善や仕組み作りのみならず、未来を創り出していくことであるとも。
マネジメントは幹部に上がっていく上で必要条件になる一方、マネジメントに長けている人材が、同時に様々な経営局面の転換時に先を見据えて対応していくことができる人材、リーダーであるとは限らないということ。
本当に多くのご経験をされてきたからこその話だなと思います。

まだまだ学ぶべきこと、動くべきことが山ほどあることを再認識したところです。
私自身の受け取り方や解釈が正しいかどうかはわかりませんが、自分に照らし合わせた際に反省すべきことは多々あるということは間違いないでしょうか。
自分を、また自分が置かれた環境を再認識できたと思います。有意義な時間でした。

会社にとって人の育成は中長期的な、また非常に重要なテーマです。
周りに同調すること、自分で決めていくよりも誰かが決めたことをやっていくほうが居心地が良いとする人が圧倒的に多いとされる中で、将来を担っていける人材を如何により多く育てていくことができるか・・・

「しっかりと向き合っていかねばつまらん!」と教えられたようです。