子供の夏休みも終わって

小学生の子供の夏休みも終わりました。小学生最後の夏休み。
てっきり、2学期は9月1日から始まると思い込んでいて、数日前にようやくそうではないことを知らされたのは私だけ?だったのかもしれません。

あわてて最後の日曜日にドッチボールの試合を見に行ったんですが、よく聞いてみると3学期まで続けるようで、見る機会はまだ残っているようでした。
まあ立派に活躍していたんで一安心?といったところです。

会場は糟屋町にある「かすやドーム」。
それにしても立派な施設を建てる事ができたんだなと変なところに感心してしまいました。

学校の宿題はちゃんと終わっていたようです。これも安心。
でも、知らない間に夏休み期間限定の塾にも行っていました。
「楽しいか?」って聞いたら、「うんっ!」と言ってたんで、多くの時間をもて余すことにもならず、まあ良いかといったところでしょうか。
塾では、学校では習っていないことも数多く出てきて、どうやら新鮮だったようです。
「与党に対しての野党」などの話をしていました。確かにそんなことは小学校の時に習ったような記憶は私にもありません。

あるネット記事で見たのですが、今や夏休みの宿題で定番になっている読書感想文や自由研究での工作など、完成品がネットで売られているとか・・
皆さんはご存知だったでしょうか?
本当にこれを買う親がいるのであれば、それは大きな驚きです。
子供に考える事をさせないんでしょうかね??

また、親御さんの中には、せっかくの夏休みに宿題を出されること自体に抵抗を感じる方々も多いと聞きました。
私自身は、長い夏休みだからこそ学校の宿題は大賛成なんですが。
自分で全て決めていくことは難しいんで、家族に手伝ってもらいながら、やるべきことを組み立ててしっかり実行していくのは大事なこと。まあ我が家では、私ではなく奥さんが大半をやってくれていたようであまり偉そうなことは言えないのですが。

子供にどこまでやらせるのかという事で揉めるのは結構頻繁にあります。
子供の夏休みの課題での一件。奥さんが何かの葉を数枚、標本みたいに紙に張り付けてメモをしているのを見て、「なんで自分でやらせないのか」といった私の一言から交戦。
ここに至る経緯も知らないのに勝手な事ばかり言うな!とのこと。
奥さん曰く、私が無関心すぎるとのこと。そうかな?と思うんですが・・

他にもよく揉めるのが、ドッチボールに関する手伝い。
各地で試合がある度に、よく面倒を見られる親御さんが車を出していただいています。
うちの車も時々奥さんの運転で使われています。
私は、近場であればバスや地下鉄などの公共手段を使わせて、集合時間を守りつつ、切符を買わせて本人たちで行かせるようにしてはと言うのですが、どうも勝手は違うようです。
車を出される皆さんには感謝こそしつつも、親に頼ってばかりで何もできないような人間になってしまっては困る訳で。
実際、博多駅までの地下鉄の切符を買うことに戸惑っている娘なんかを見ているので、余計にそう思うのかもしれません。
自分でできることは自分でやらせる。基本ではないのでしょうかね。

何でも周りに頼ってきた子供たちが社会人になったら。
「ゆとり」とは少し違うのかもしれませんが、そんな若手が増えていくのは怖いことです。
自分の責任と捉えられない、周囲に頼ってばかりの若手が。
親には本当に大きな責任があると思います。

話は違いますが、私はカーナビに頼っていたら頭が悪くなると信じているんです。
この点は奥さんとも合意。
昨年買い換えた車にはカーナビは付いていません。事前に地図を見て出発しています。

在宅におけるターミナルケアの研修に参加して

7月29日(土)、社内のターミナルケアに関する研修会が実施されました。

訪問介護、居宅支援事業所、訪問入浴のそれぞれが事例を発表するとともに、訪問看護からはこれまでの看取りを通じた研究発表がなされました。
また、普段からお世話になっている福岡市のあおばクリニックから伊藤先生においでいただき、人生の最期を迎えるにあたってといったテーマを医師の立場から講演していただきました。

参加者は約200人。
本当は参加したかったけれども、仕事の都合でかなわなかった社員も多くいたはず。
実際に、各サービスともに在宅におけるターミナルケアの機会が増えていることが背景にはありますが、これだけ多くの社員がこの研修会の内容に関心が高く、自ら参加してくれたことは本当に嬉しい限りです。

事例紹介で共通していたのが、「ご家族とどう向き合うか、どう寄り添えるか」といった内容でした。

訪問介護事業所からは、脳腫瘍で最期を迎えられた40歳代の女性のケースが発表され、まだ成人していない息子さんたちとの関わりが発表されました。
また、訪問入浴のケースでは、90歳台の母親へのケアについて、他人に任せたくない思いが強い息子さんの心境の変化がまとめられていました。

訪問看護の発表では、ケアする側である看護師が、逆にご利用者やご家族から力や癒しを与えられるといった反転が起こる話も含まれていました。

もう一点共通していたことは、多職種によるチームケアは在宅においてはとても重要な存在になるということでしょうか。
ご家族がいかに安心して最期の時間に向き合っていけるか、それをどうサポートしていけるのかということは勿論のこと、異なった事業のスタッフ間でしっかりと連携しつつ相互にサポートしていくことは社員にとってはとても大きなテーマであると感じました。

私は30代半ばで父親を肺がんで失くしています。
父親は自宅と病院を往復していましたが、最後は病院で息をひきとりました。
骨や脳など、広く全身に転移しており、痛みに苦しみ意識が混濁している父にたいして私は足を摩るくらいしかできませんでした。
私たち家族に言葉をかけながら、付き添っていただいた医師や看護師の方々の存在がいかに大きいものであったかを実感し、心から感謝したことを憶えています。

最期が在宅であれば、ケアするスタッフはご家族にとっても更に身近な、また特別な存在であるに違いあいません。
このような「考える機会」は少しでも多い方が良いのだろうと改めて感じたところです。

これまで、家族との間で自分自身の最期に関することは話題にもなりませんでした。
近い将来?、私自身、或いは家族が死期に直面するにあたって、今からしっかりと話をしながら、死生観というものを共有しておくことも大事なんですね。

いずれにしても様々な事を考えさせられたし、また当社社員がいかに立派に対応しているかを知ることができ、本当に有意義な学びの場となりました。(感謝)